鮮やかな朱色は闇に紛れて姿を消した。
それの代わりのように姿を見せたのは、星の煌く晴れた空。








雨、上がる 夜








昼間とは違い暗くなった途端に晴れ渡った空をガラス越しに眺める。
ガラスと言うフィルターがあるせいか、故郷沖縄で見上げたそれよりも些か違って見える。
街が明るいせいだろうか。人工的なイメージを受けるも、それもぼんやりと見上げていると、
まるでプラネタリウムに居るような気分になってくる。


「髪、ちゃんと拭かないと風邪引くぞ。」


暫くそうして大窓にへばり付いていると、どうやら湯上りらしい知念と遭遇。
まぁここは大浴場へと通じる道でもあるから、当然だけど。


「しっかり温まったか?」

「ん。逆に温まりすぎて、ちょっとダルい。」


知念に言われた通り、まだ大分水分を含んだままの髪を肩に掛けているタオルで軽くドライしながら
ゆっくりと歩みを進める彼に並ぶ。
すると持っていた手提(お着替えとかお風呂用具が入ってるんですよ)を静かに取り上げ
「これから自販機の所へ行くけど、来るか?」と問われたので、アタシは首を縦に振る。
それにしても、知念の浴衣姿はものっそいエロいです。
湯上りで、ほのかに上気した肌の色とか濡れてる髪とか破廉恥極まりないです。
あとで写真撮らせて貰おう…!絶対、その艶やかな姿を瞼のみならず写真として半永久的にこの世に
残すんだ…!!!
そんな堅い決意をしている内に辿り着いた自販機。
そこは結構なスペースで、卓球台も設置させていて、湯上りと思わしき生徒達が集まり賑わっていた。
例に漏れず、木手ちゃんや甲斐、古場ちゃんの姿もある。


「おー、知念!!!」

「お前らもやるー?」

「後でな。、ほら水分補給しておけよ。」

「はーい。有り難う。」


手渡されたアルミペットのスポーツドリンクは良く冷えていて、火照った肌には心地よかった。
額とか首筋とかに当てて涼むのも有りかな、とも思ったけれど
温くなってしまうのも嫌なので早々に堅い蓋を抉じ開けて、中味を喉に流し込む。
見れば知念は変わって緑茶を飲んでおり、甘ったるいドリンクも悪くないけれどさっぱりした物も
欲しくなって、アタシは知念に「一口頂戴。」と強請ると
知念は「じゃあ、交換。」と持っていたそれを差し出した。
これって、アレですね。よく考えるとアレですね、間接キ…


「うわー…間接キスとかやらかしてんじゃねーよ。お前ら、マジうぜぇ。」


先に言われたー!!


「ほら、台空いたから使えよ。木手主将がお待ちかねだぜー?」


括っていた髪を解く古場ちゃんの指差す方には、台の傍らでピンポンの跳ね具合やラケットの具合を
確かめている木手ちゃんの姿。
わー、ヤる気に溢れてますね。


「、これ持っててくれ。」

「はいよー、行ってらっしゃーい。」

「ん、行ってくる。大人しくしてろよ?」

「あいさー。」


ヒラヒラと手を振って送り出し、知念が台につくと不知火くんの審判でゲームが開始される。
二人とも、さすがはテニス部といった所だろうか。初っ端から繰り広げられた激しいラリーは
カコカコと物凄い速さで打たれては返されるピンポンを見ていると、心なしか哀れに思えてくる程。
温泉卓球ってのは、もっと和やかなもんだと思うのですが…。
さっきまで知念が居た位置に立つ古場ちゃんを見ると、こっちは違って楽しそうな表情。
この異様なゲームをよく楽しめるな、と思うけれど、
比嘉中の連中は闘争本能が強いから仕方ないのかな、とも思う。

それより、さっきから二人して激しい動きをしているせいか
浴衣の裾がチラチラしてたり、羽織りが靡いて無駄にいやらしかったりしてるんですが
どうなんでしょう。サービス精神旺盛過ぎるよ。

テニスの試合の時のハーフパンツも結構クるけど、浴衣は更にヤバい。
軽くセクシュアルハラスメントです。
さんの視線は知念の御御足に釘付けですよ!

木手ちゃんも木手ちゃんで襟元が少し崩れてて、レッドカードです。
目のやり場に困る所か、やり場が多すぎて困るね!!


「なぁ、ー。それ、頂戴。」

「ん?あぁ、どうぞ。」


ゲーム(て言うか知念)を食い入るように見ていたアタシは上の空。
古場ちゃんの言葉を聞いていたようで聞いていなくて、取り敢えず返事はしたものの
内容なんて欠片も頭に入っちゃいなかった。


「サンキュ…うっわ、にが。」

「って、何勝手に飲んでんのさ!」

「は!?お前が、どうぞ、つったんだろ。」

「知らないよ!ぎゃー!!知念と古場ちゃんが間接チューじゃない!!
 知念の清らかな唇を返せー!!」

「バ!おま、それじゃ俺が汚いみたいじゃねーか!!」

「はぁ?あんた、自分が綺麗だとでも思ってるの?
 女たらし、女泣かせの異名も持ちの平古場くんは馬鹿ですかー。」


言い合いながら、古場ちゃんの掌に納まったペットを引っ掴んで取り返す。
あぁ…なんてこと…!戦に赴いた主人の忘れ形見をこんな形で汚される事になろうとは…!!
ごめんね、知念。


「つーかよぉ、それ、最後に口付けたのってだろ?
 じゃあ、俺と知念の間接キスじゃ無くねぇ?」

「…………。」

「だろ?」

「…アタシの可憐な唇を返せー!!」

「うっわ、殴んなって!ほら、旦那が帰ってくんぞ!!」


言われて肩越しに振り返ると、確かにゲームを終えてこちらへ返って来る知念が見えた。


「ぎゃー!知念ー!!古場ちゃんに汚されたー!!!」

「は!?」

「おま、!人聞きの悪いこと言ってんじゃなえよ!!誤解だからな、知念!」


プチ修羅場、発生。
アタシが知念に泣き付き、知念が古場ちゃんを睨め付け、古場ちゃんが必死に弁解ついでにアタシを罵る。
素敵な泥沼サークルです。まるで食物連鎖。
このどうしようも無い事態をどうにか収集付けたのは、我らが眼鏡主将の木手ちゃんで(怖かった)
グダグダになったアタシ達を「ゴーヤ。」の一言で取り敢えず宥めると
その場に正座させ、事の経緯を話させた。


「…結果的に誰も悪くないじゃないですか。さん、平古場くん。
 二人とも騒ぎすぎです。 反省なさいな。」

「「はい…。」」

「まあ、旅行中にこれ以上は野暮ですからお咎めはしませんけど、
 また今みたいに騒いだりしたら、その場でゴーヤですからね。」

「「肝に銘じます。」」

「宜しい。さ、立って部屋に戻りなさい。
 くれぐれも静かに、まわりに迷惑を掛けないようにね。」

「「「はい。」」」


寛大な眼鏡様の御厚意に与り、注意だけで解放して頂いたアタシ達はゆっくりと立ち上がり
言われた通り静かにその場を後にした。
にこの話しをしたら、鼻で笑われるんだろうなー…。言わないでおこう。


「良かった。思ったより、元気だな。」


宛がわれた部屋のあるフロアへ上がる階段の途中、不意に後ろを歩いていた知念が呟く。
アタシはそれに不思議そうな顔で振り向く。


「今日、金閣で永四郎達と合流してから少し元気無いように見えたから。」

「…マジですか?」

「マジ。」


一段、知念が階段を上る。そうすると、アタシと目線はほぼ変わらなくなる。


「あー…知念と二人で居るのが楽しかったからね。
 だから、いきなりいつもの現実に引き戻されて、少し寂しくなったんだよ。」


落ち込んではいないよ、大丈夫。
そう言って、笑って見せれば、「そうか。」と知念も微笑んでくれる。
その一瞬が凄く幸せに感じて、危ないとは分かりつつも、アタシは知念に抱き付いた。
胸の奥が幸せで、少し切ない。


「が楽しかったなら、俺も嬉しい。でも…今度また、二人で来ような。」


アタシを抱きとめて囁く知念の声色は、とても優しい。
全身に染み入るように響いて、奥でくすぶっていた物を溶かしてゆく。


「うん、約束。」

「あぁ…。」


肩を抱いていた手は頬に、背を撫ぜていた腕は腰にそれぞれ移動してさらにアタシを抱く力を強くする。
近づく鼓動は、どちらも早い。
それに急かされるようにアタシ達は見詰め合う瞳を閉じて
唇を重ね合わせた。

その時間はきっと数秒。

アタシはそれだけでも満足だったのだけれど、再度知念に唇を寄せられたので
それに従ってもう一度目を閉じる。


「…もう一回。」

「また?」

「ん、最初のは約束。さっきのは消毒。」


消毒…あぁ、古場ちゃんとの間接チュー事件ですか。
あれは実際にはアタシには影響は無いんだけど、何気に気にしてたんですね、知念てば。


「ん…。」

「今のが、がよく眠れるように。」

「おまじないッスか?」

「あぁ。」


零れる、忍んだ笑い声。
耳をくすぐるようなソレは小さく螺旋階段に響いて、そして消えていった。




京都の夜が更けて行く。





FIN







僭越ながら、水谷光一郎様へ捧げさせて頂きます。


 
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