雨はやがて霧から小さな粒へと姿を変え
雫が弾ける旋律が、街全体を包み込む。







雨、馨る 都








「それにしても、が傘を持っていてくれて助かった。」


慎重さ故に歩幅も違うアタシに歩調を合わせながら、真横の知念が優しく笑う。
狭い傘の中。お互いが濡れないようにと、これ以上無いくらい肩を寄せ合っているため
いつもより近い笑顔に、またもやアタシのときめきの導火線が体中を駆け巡る。


「うん。お母さんが無理矢理持たせてくれたんだけど、
 助かったよね。帰ったらお礼言わないと。」


防水布に弾ける雨音をBGMに、知念に合わせてアタシも笑う。


「お袋さんに感謝、だな。」


雨音に溶ける、知念の声。雨の代わりに頭上から降ってくる、少々ハスキーなそれ。
すでに耳に馴染んでいる筈なのに、いつもと違う場所、旅先で聞いていると言うだけで
馴染んだ声とは違うように思えて、なんだか落ち着かない。

あー…知念ってズルイなぁ。うん、ズルイ。
カッコイイのがズルイって言うよりは、知念の存在がズルイよね。
ツボ突きまくりだっつーの。マジズルい。

脳内を猛ダッシュで駆け抜ける、アタシのときめきから湧いて出た、マイ彼氏への意見もとい責任転嫁。
きっと、これを口にしたら知念は困ったような呆れたような顔をするんだろう。
それはそれで見てみたい気がしたけれど、今回のところは理性が勝利してしまった故に実行される
事は無く、代わりに無難な質問を投げかける。


「この先、何かあるの?」


何も言われぬまま、知念が足を進める方へ伴い歩き始めてから暫く経つ。
目的地は告げられて居ない。知念が連れて行ってくれるなら、何でも良かったけれど、いい加減
気になったので、背の高い知念を見上げつつ、問う。


「お前が行きたがって、却下されてた寺。」


参道とか、庭園とか。見てみたいって、言ってただろ?

緩やかに細められる、知念の眼。少し照れくさそうなその仕種。

確認しても宜しいでしょうか?
自分は王道少女漫画のヒロインでしたか?違うよね?
自分は逆ギャルゲーのヒロインでしたか?違いますよね??

なのに、この展開ですか。K●NAMIもビックリですよ。ビックリだよ、知念。
GS以上だよ、知念!!

知念が自分の零した呟きを覚えていてくれたと言う事実や、目の前に佇む歴史の香り漂う素敵寺院への
感動を余所に、少しばかり(どころか大幅に)ズレた、明後日な方向に感動を覚えつつ
アタシ達は幽玄の寺へと足を踏み入れた。





「いやー、それにしてもアレだね。心が洗われたね!!たまらんね、日本庭園!!!」

「・・・、お前、オヤジみたいだぞ。」


入るときのときめきイベントのような雰囲気は何処へやら。
女子中学生らしからぬ笑い声を上げるアタシと、それに軽いツッコミを入れながら傘を広げる知念は
あの後、寺に入って、それはもう充実した時間を過ごした。
ゆっくりと二人きりで参道を歩き、肩を並べて庭に面したお室から眺める紅葉は、それはもう絶景で。
アタシ達は時間も忘れ、目の前に広がる風景に見入っていた。
こうして気侭に過ごせたのは、二人きりだったからなんだろう。きっと、グループで来てたら
大騒ぎの末(特に大人しくしていられない甲斐とか甲斐とか甲斐とか)三十分もしないで拝観終了に
なっていたに違いない。


「ゆっくり出来て、良かったな。満足?」

「うん!お抹茶も美味しかったし!!
 うはー!もう、日本万歳、日本文化万歳、幽玄最高!!!」

「分かったから。次、行くぞ。」


ほぼ奇声と言い切って良いほど奇怪な喜びの悲鳴を上げるアタシの背を知念がやんわりと押す。
優しく添えられた大きな手は温かく、触れていたのはほんの数秒だけだったけれど
その熱はじんわりと、衣越しに伝わって来た。薄着の為か、それがはっきりと分かる。
この時、自分の脳裏を過ぎったのは『知念てば物言いは保護者のようだけど、行動はしっかり彼氏★ドキン!』
なんて桃色な事ではなく、『あー、このエスコートの仕方。手馴れたホストみたいだなー。』だった事は
内緒の方向でお願いしたいです。


「今度は何処行くの?」

「特に決めて無いけど・・・は何処か行きたい所は?」

「上げればキリ無いッスよー。御所とか龍安寺、三十三間堂とか。建物には興味ないけど
 抹茶ソフトは美味らしいので、鹿苑寺にも一応行っておきたいし、祇園も散策したいし。
 本能寺とか、宇治の源氏物語ミュージアムだって見てみたい。」

「本当にキリが無いな。」


向けられた質問の答えを、一気に捲くし立てるように言うと、それを聞いた知念が小さく噴出して笑う。
「知念、今の笑うとこ違うから。」と声のトーンを少し落として言ってみれば、
「あぁ、悪い。」と、未だ笑い混じりのちっとも悪いと思っていなさそうな応えが返って来た。


「・・・寛の笑い所はアタシには理解出来ないよ。」


そう言って深く息を吐こうとした瞬間、突然肩を掴まれ、壁に体を押しつけられる。
驚く間もなく、覆い被さるように壁に手をつかれ遮られる視界。
屋根が大きいせいで壁は濡れては居なかったものの、無機質なそれは当然冷たくて
一体何事かと問いただそうとするも、それより先に「静かに。」と抑えた声で知念に釘を刺され
アタシは仕方なく口を噤む。

何なんですか、マジで。

全く以ってついていけない展開に少し腹が立ちかけたけれど、よく考えてみれば
この体勢も王道少女漫画みたいだと言う事に気付いて、それも興奮によって掻き消える。

あー、知念が近いよ。何か良い匂いするよ。やっべ。抱き付いたら怒るかなー。

真面目に近い知念との距離は、きっと1cmも無い。
目線を上げれば、すぐそこに知念の頤が見えて、そのシャープなラインに思わず手を伸ばしそうになる。
その奥から僅かに覗く傘の赤と、知念の髪の綺麗な黒に見とれていると、


「うっわ!ウゼェ!!こんなとこでイチャついてんなよ!」


どこか聞きなれた声が耳に入り、その声の持ち主を見ようとするけれど
視界はばっちり知念と傘に遮られている為に、それも叶わない。


「煩い。やっかんでんじゃ無いわよ、天パ!あんたのせいで予定が狂ってるんだから
 ツベコベ言ってないで、サクサク歩きなさい。」

「そうですよ。トロトロしてると置いて行きますからね。」

「ヒドッ!木手もも冷てー!!」


その姿を見るせること無く、早足で声はアタシ達を通り過ぎて行く。
瞬く間のそれにアタシは呆然としていたけれど、すぐさま意識を浮上させて知念を仰ぐ。


「…今のって、木手ちゃん達じゃないの?」

「…………。」

「と甲斐の声もしたよね?」


つーか、名前も呼んでたし。ねぇ、どう言うこと?

訝しげなアタシの視線に耐えきれずに視線を逸らす知念。
更に知念を見上げたままでいると、気まずそうな表情で「悪い。」と一言溢して、知念は
アタシから一歩離れた。
知念が退いて、広くなった視界。紅葉に囲まれ続く道を、多分彼らが歩いていったであろう方向を
見るけれど、その姿は確認出来なかった。


「…ねぇ、わざとハグれたの?」

「や、それは違う。ハグれたのは、偶然。永四郎達を見失ったのも。」


参った、と云う感じの知念の表情。
軽く頭を下げ、柄を支えていない空いた方の手で後頭部を擦り、その大きな掌に納まった髪を
くしゃりと軽く握りつぶしながら知念は言葉を続ける。


「最初は、永四郎達と合流するつもりで居た。あの時、実は連絡もついてた。」


あの時、と言われてアタシは思考を巡らせる。あの時と云うと、アレだろうか。
電波を求めて、アタシの傘を片手に旅立った時だろうか。まぁ、それしかないわな。


「でも…。」


突然言葉が切れて、それの続きを大人しく待っていると


「お!?」

「と二人で居たかったから。連絡つかないなんて、嘘言った。
 さっきも、合流させないように隠した。」


強く腕を引かれてよろめき蹈鞴を踏んでいる内に知念に抱きすくめられる。
何時の間にか腰に回されていた腕に篭められている力は、強い。

何で今日はこんなに唐突なんですか、知念くん。
古都・京都が貴方をそうさせるんですか。都のかほりが知念寛を大胆にさせるんですか!?


「には悪いけど…行かせねぇから。達の方へ帰りたいかもしれないけど、行かせない。」

「我侭だね。珍しい。」

「ん。たまには。」


言いながら、甘えるように肩口に額を寄せる知念にほだされそうになるけれど
不意に冷水を浴びせられたかのように、彼の有名なアンダーリムの眼鏡様が脳裏を過ぎる。
お、おぉぉ!
知念に抱き締められていて温かい筈なのに、一気に背筋が寒くなりましたよ!


「あ、あのさ。一緒に行動するのに異論は無いけどさ、あの、き、木手ちゃんは…。」

「あぁ。永四郎とは話は付けてある。」


思わずもどってしまった問い掛けにすぐに返って来た答えの内容はアタシを安心させるには充分な物で
気の抜けた息をゆっくり吐き出すと、こちらは自由な腕を上げてそっと知念の首に回す。
一瞬凍った背筋の失われた熱を取り戻す為に。


「取り敢えずお腹空いたからご飯食べよう、知念。」

「ん。何が食いたい?」


知念の声に重なる、パラパラと降る雨の音。それに交じって遠くから人の声が聞こえたので
アタシ達は一先ず身を離し、そして再び雨の京都を歩き始めた。

その後、昼食を済ませたアタシ達は、特に目的も持たず、適当に気の向くまま京都を散策。
適当に見つけたお寺に入ってみたお寺が紅葉狩の穴場だったり、可愛くて静かな茶店に入ってみたり
二人で閑静な竹林を歩いてみたり。
また、小さな匂い袋のお店で、同じ柄だけど香りは違う袋をそれぞれ買ったりもして、
アタシ達はのんびりと、この旅行を楽しんだ。
ずっと雨は止まず、天候的には最悪だったけれど、それも気にならない程に。
流れる時間はとても穏やかで、気分的にはまさに二人旅行。
けれどそれは錯覚に過ぎなくて、この日最後に立ち寄った鹿苑寺にてアタシは少しばかり凹む事になる。


「拝観してからソフト?それとも、食ってから拝観する?」

「食ってから拝観する。」


ご飯前だし、参拝で動いて腹ごなす。と拝観料を払いながら後者を選ぶ旨を伝える。
気になるなら食べなければ良いのに、そう書いて見える知念の顔。うん、その通りだよね。
でもね、大好きなんだよ。抹茶ソフトは。しかも、ココのは美味しいって評判なの。無視出来ないの。
お昼に食べたおばんざいは既に消化しきっているし、一つくらいなら大丈夫。と知念と自分に言い聞かせ
悪天候故に人も疎らなベンチに二人で腰を下ろし、購入したソフトクリームに口をつける。


「…美味しいけど、寒い。」

「そりゃあ、この天気だからな。」

「ですよねー。あー…コレ全部食べたらお腹壊しそう。」

「……そうなる前に食うの止せ。俺が食うから。」


知念に言われた通り、やっべ!マジ寒いけど!!寸前でソフトを食べるのを止めて
半分ほど残ったそれを手渡す。


「あー…確かに上手いけど寒いな。」

「ね。一人一個買わなくて良かったよ…」


「見ッつけたー!!!」


「うわ!」


良かったよね。そう言い終わろうとした丁度その時、背後から馬鹿でかい大声と聞こえ
背に大きな衝撃を受けて、油断しまくりったアタシは思いきりつんのめる。
この愚行の張本人が一体誰なのか。


「も、マジ心配したってのに何暢気にソフトなんか食ってんだよ!
 つーか、お前等ハグれんなって!!おい、知念。俺にも一口!!!」


そんな事、考えるまでも無い。
人の背に乗ったまま、こんなデカい声で喋りつづけるような愚行を犯す輩なんて一人しかいねーよ。


「甲斐、が潰れてる。」

「ん?ああ、悪い。」

「……乙女にこんな仕打ちをする輩は、アホな死に方して末代まで無駄に笑われろ。」

「ぶはー!が乙女ってガラかよ!!」


神様。や、ここはお寺だから、仏様か。この際誰でも良いです。
愚行どころか乙女の繊細な心まで傷つけやがった、このオレンジ天パに天罰をお与え下さい。
もういいですよ、こいつ。いらねッスわ。アタシの人生にあんま必要無いッスわ。


「。」


愚かしいあの男への呪いの言葉を胸中で呟いている所、名前を呼ばれて振り向けばの姿。
中学生らしからぬ整った顔に済まなそうな表情を浮かべ、こちらを見ていた。


「悪かったわね。止めようとした時には、もう走り出してたのよ、あいつ。」


もう少し、二人で居たかったでしょうに。
あまり感情の窺えない、淡々としたの声。静かにそう言われて、胸の奥でチクリと疼く“寂しさ”に
アタシは気付く。


「うん…いや、平気。気を遣わせて悪いね。」

「構わないわ。」


の言葉を苦笑で受け止めて、いつの間にかやって来ていつの間にか甲斐に説教を垂れている木手ちゃんと
それを呆れた表情で見ている知念を見遣る。
こうしていると、数分まで二人きりで居た事が夢のように思える。





そして、束の間の二人旅は幕を閉じた。









僭越ながら、水谷光一郎様へ捧げさせて頂きます。


 
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