見上げた空は鈍色。
そこに掛かるのは、露に濡れた朱色の木の葉。







雨、燻る








折角の修学旅行だと云うのに、今日は生憎の天気で
しとしとと、肌寒さを感じさせる霧雨は舞うようにこの地に降り注ぐ。

やはりもう一枚着て来れば良かった。

雨を凌ぐ為に滑り込んだ軒下から、覗き込むように天を仰ぎ、
薄暗い空を見上げながらそんな事を思う。
初秋だからまだ暖かいだろう、と考えていた自分が甘かった。沖縄との温度差をなめていた。
なんて、天気予報を当てにして少々薄着で来てしまった事を、胸中で悔やんでいると


「お待たせ。やっぱり繋がらなかった。」


ケータイ片手に、少し困った顔の知念が帰って来た。


「そっかぁ……どうしようか。」


傘を畳み、軒下、アタシの隣に移動した知念を見遣りながら
困ったね、と呟く。知念はそれに小さく頷きながら、そうだな、と一言返す。





コトの始まりは、数十分前。
修学旅行自由行動日である今日。
アタシ達のグループ(知念、木手ちゃん、甲斐くん、とみっちゃん+アタシ)は清水寺に来ていた。
京都観光のメッカとも言えるこの場所は、もう本当に頭が痛くなるくらいに沢山の人が訪れていて。
その中を、はぐれないよう問題を起こさない様に気を付けながら歩いていたのだけれど
丁度、地主神社へと着いた途端、運悪く大型観光団体様に遭遇してしまい、
アタシ達は、その波に呑まれてしまった。

因みに、その時のアタシの心境はと言うとですね。


「木手ちゃんに怒られる!!!」


でした。
だ、だって怖いんだよ!はぐれたりなんかしちゃったら絶対怒るよ!!
木手ちゃんてば班長なんだもん!!!

そんなこんなで人波に呑まれたままテンパっていたら
不意に強い力で腕を引かれ、何て言うんですか、こう…大漁の漁業網から引きずり出された魚、
みたいな感じで、恐ろしい程の人の流れから引き出された。


「、怪我は?」


で、その助けてくれたのが、お決まりみたいに知念だったんですけどね。


「ん、大丈夫。ありがと、知念。」


人の波から外れて、少し乱れた呼吸を整えつつ言葉を返す。
掴まれたままの腕は、力が入りすぎていて痛い気がしたけれど、それが妙に気分を落ち着かせた。
深い呼吸を幾度か繰り返し、同時についさっきまで自分が(巻き込まれて)居た場所を見てみれば
相変わらずだけれども、さっきほどでは無い程度の人ごみ。
アタシはそこに少しばかりの違和感を覚え、手櫛で乱れたアタシの髪を直してくれている(優しい!)
知念に、確認の意味も兼ねて声を掛けた。


「……あのさ、」

「ん?」

「達、居なくない?」





こんな感じでアタシと知念は見事、グループからはぐれてしまった訳です。
一応、ケータイでアタシはに、知念は木手ちゃんに連絡を入れてみたのだけれど、
天気のせいか、人が多いせいか、若しくは地理的要因か電波の調子も悪く、一向に繋がらない。
一応、場所を変えて何度か試してみてはいるのだけれど…。

本当に、どうしたものか。

そうこうしている内に、空を覆っているだけだった雲は泣き始め
紅葉に彩られた街を、しっとりと濡らしていった。
言葉にすると、風情があって綺麗な気もするけれど、実際現地で観光している人間にとっては
迷惑以外の何物でもない。

更に加えて、どうしたものか。

ちょっと途方に暮れながら、ぼんやりと空を眺めていると
隣で同じように空を見ていた知念が、おもむろに手にしていた折りたたみ傘を広げ
アタシの手を掴み


「行こう。」


そう言って、雨の街へと一歩踏み出し繋いだ手を引いて、広げた傘の中へアタシを招き入れる。
二人入るには少し小さいソレ。


「此処でじっとしてても、どうにも成らないだろ?」


言いながら濡れないようにとさり気無くこちらへ傾けてくれる知念は、本当に優しいと思う。
紳士的な知念の行為に、嬉しさを感じながらも少々照れくさく
「有り難う。」と大きな声で言ったつもりが、実際には消え入るような小さな声で(アタシの乙女!)
けれどその声はしっかりと知念の耳へと届いたようで
「ん。」と短くも明快な言葉と微笑が返される。嗚呼、もう。キュンキュンする…!!


「永四郎にはメール、入れておいたから。その内、連絡が来るだろ。
 それまで、少し歩こう。」


少しだけ、傾けられる首。
色の抜けた前髪が、それによってサラサラと黒髪部分に流れる様を見ながら
アタシは知念の誘いに乗り、首を立てに振る。
すると嬉しそうに細められる、意外にも色素の薄い瞳。
知念の視線は、普段鋭いのにアタシに向けられる時はとても優しく穏やかになる。
アタシって本当に大事にされてるんだなぁ、なんて事をつくづく思いつつ
歩みを始める彼に遅れを取らない様、足を動かす。

濃く雨の匂いを感じる古の都。
その雅な気配に誘われるように、


アタシと知念の京都デートは始まった。










僭越ながら、水谷光一郎様へ捧げさせて頂きます。



 
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