駄菓子屋で買った棒アイスを齧りながら
赤く点灯した信号の色が変わるのを待つ俺たち。

そこに並ぶように横付けて来たのは、見慣れた黒いスポーツカー。









信号待ち










微妙にスモークの掛かったウインドウを覗き込んでみると
やはり予想通りの人物が乗っていて、ばっちり目が合う。
彼女は吸っていた煙草を灰皿に押し消すと口角を上げ、俺達を隔てていたウインドウを
ゆっくりと下げた。


「お疲れ様、学校帰り?」


そんな事、この時間でこのメンバーでこんな場所に居るんだから聞かなくても分かるんだろうけど
一応、確認の意味で投げかけられた問いに、俺は咥えていたアイスを離し短く返事を返す。


「そう、良かった。そちらは凜のお友達?」


返された応えに彼女は満足そうな笑みを浮かべると、スイと視線を俺の後ろへ移し更に笑みを深める。
俺もそれに倣って肩越しに後ろを見やると、興味津々と云った表情の甲斐が見えた。
甲斐は俺の視線に気付くと、ニッと笑ってみせてこちらへ駆け寄って来て、ガードレールに手を
掛け身を乗り出す。そしてその人懐っこい笑みのまま、車中のヒトに向かって声を掛けた。


「こんにちわー。」

「今日和。貴方は凛のお友達?」


サングラスの奥に隠された瞳が緩やかに細まる。
小動物でも見るような、穏やかな視線。
甲斐はそれを動物的勘で感じ取ったのか、少し調子付いて更に身を乗り出す。


「そうでーす!お姉さんは?凜の恋人?」


うっせぇ、甲斐。黙れよ。に気安く話しかけてんじゃねえ。
つーか初対面で何聞いてんだよ。
おい、永四郎。ちゃんと躾とけよ。


「うん、残念。正解は凜の義理の姉でした。」

「義理のおねーさん?」

「そう、と言うの。貴方は?」

「俺は甲斐ゆーじろでっす!」

「裕次郎くんね?不束者の義弟ですが、これからも凛を宜しくね。」


言葉とともに軽い会釈を甲斐と、その後ろに居た永四郎達にしてみせる姿は、本物の姉のよう。
俺はそれが、妙に気に食わなくて


「おい、!行くぞ!!」


不機嫌も露に助手席に乗り込み、声を荒げてこの場から離れることを促した。


「はいはい。それじゃあ、裕次郎くん、またね。」

「さん、またねー。今度遊びに行くから!」


ウインドウを上げつつ軽く振られていた手が放置されていたハンドルに掛かり車が走り出す。
音楽も何も掛かっていない車内。
会話も無いから、スポーツカー特有の鈍いエンジン音だけが鼓膜を揺るがせる。
それなりのスピードで通り過ぎて行く見慣れた景色。
視線をそれに固定したまま、俺はゆっくりと口を開く。


「何であんなこと言ったんだよ。」

「あら、本当のことじゃない。」


不機嫌な俺の声とは裏腹に返って来る楽しそうな声。

何が楽しいっつーんだ。

確かにあんたとは義理の姉弟だよ。でも、それだけの関係じゃねえだろ。

俺達、恋人同士じゃねーの?

血の繋がらない、連れ子同士の俺達は戸籍の上では紛う事なき姉弟。
これはもう、どうしようもない事実。

そんなの分かってる。

でもさ…でも。

余りにも、あっさりと姉弟だって言い放った事に腹が立った。
傍からすれば全く大した事じゃないんだろう。でも、まだまだ子供な俺にとっては大問題で。
ただでさえ立ちはだかる年の差と言う壁は、今の俺には大きすぎて。
どうにもならない、この問題。どう足掻いたって、縮まる事の無い年齢差。

怒涛のように押し寄せる感情を処理仕切れず、納得も出来ず、けれど何も言えずに
ただ黙りこくる俺。


「そんなに怖い顔しないで頂戴。」


そんな俺をが横目でチラリと見て、困ったような笑みを浮かべる。
そしてゆっくりと減速して止まる車。
視線を上げれば目に入る、信号の赫。俺の為に止めたんじゃねーのかよ。
そんな不満を頭の片隅でモヤモヤとさせながら、決して綺麗とは言えない赫をぼんやりと見詰めていると
横からそれとは対照的な綺麗な赤に彩られた指先が伸びて来て、そっと俺の顎にかかる。

一体、何の用だ。

と首は動かさずに、視線だけを隣に座るの方へ流す。


「いい男が台無し。」


少し押さえたトーンで放たれた言葉と、それに少し遅れて、の顔が近付いて一瞬だけ重なる唇。
同時に敏感な五感を刺激するのは、甘いムスクの香りと、柔らかな感触。そして掛けっぱなしだった
サングラスのフレームの、冷たくて硬い質感。
それはほんの一瞬、ほんの戯れ。まるで子供騙しのようなキス。
けれど、それは不機嫌だった驚かせる事と、気分を浮上させるには十分には効果的で。


「…。」


たったコレだけで、キス一回で上機嫌になるなんて子供過ぎる、なんて事は分かってる。
あんたの言動に一喜一憂なんかしちゃってさ。自分がどんだけガキかって、再確認したよ。
それでも、まだまだガキでも充分にオスの部分はあって、その本能はまだ足りないと訴えてくる。
貪欲に、離れていった唇を追い求めるけれど、寸での所で俺の行為は形の良い指先に阻まれる。


「だめ、グロスが落ちちゃう。」

「良いだろ、別に。」


そんなん、理由になんねぇよ。

隔てられたあまり熱の感じられない指先に、そっと自分の唇を押し付け、更にの方へ身を乗り出す。
その為に手を掛けたシートが、俺の体重を感じてギシリと音を立てた。

瞬間。


「ッわ!!」


停まっていた車が急発進して、不意打ちで体に圧し掛かってきた重力に
乗り出した体は勢いとソレに耐えきれず、バランスを崩して座席に逆戻り。
ついでに情けない間の抜けた声が、車内に一瞬響いて消えた。


「ちゃんと座ってないと危ないわよ?」


ただ驚いて、目を丸くする俺に向けられた言葉を紡いだのは、どこかからかいと笑いを秘めた声。
見れば、当人はいかにも愉快そうに意地悪く口角を吊り上げている。

俺ってば、良いトコ無し?
てか、完全に手玉に取られてる。よな?

浮かび上がった疑問と気付きかけてしまっている事実。
この二つに微妙にイきかかっていた頭が、まるで水を被せられたみたく、冷めて来て
俺は大人しく体をシートに収め、律儀にシートベルトまできっちり締めた。
その途中、本当に今更ながら(どれだけイってたんだ、俺の頭)な事に気付いてに声を掛けた。


「…ねぇ、。」

「なぁに、凛?」

「サングラス、貸して。」

「どうぞ。」


淡々と会話が成されて、手渡されたサングラス。
ずっと顔を覆っていた黒いソレはカチャリ、と鈍い金属音と共にから離れ、俺の元へやって来た。
その時、少しだけ触れた彼女の、さっきキスをした時は冷たかった指先は
それが嘘だったみたいに、今触れた指先は熱を宿して居た。











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