見上げてる、でっかい目。

ねぇ、そんなに大きく見開いて眼球飛び出ないの?ってくらいに大きな瞳から
ボロボロと零れ落ちる雫達。

やめてよ、アタシが泣かせたみたいじゃない。

まぁ、実際はそうなのだけれど。


「慎太郎・・・どうしよう。」

「あ?俺が知るかよ。」







少しだけ、君とさよなら







長いようで短かかった、親の沖縄赴任も終わりを告げ
慣れ親しんだ南のこの地を去ることになった、中学生活最後の日。
お世話になった人に礼を述べてから行こうと思い
近所の人や同級生の家を回っていたのだけれど、そんな最期の家で試練は待っていた。


「・・・ちゃん、いっちゃうの?」

「え?」


不意にスカートの裾を掴まれて振り向けば、視線を少し下にずらした先に、子供の姿。
隣に佇む男と瓜二つなこの子は
アタシにはそれなり(どころか凄く)懐いてくれている、紛れも無いヤツの弟。


「裕次郎。」

「ねぇ、ちゃん。どこかへ行っちゃうの?」

「・・・誰から聞いた?」

「慎にーちゃん。」


慎太郎、この野郎。お前、裕次郎は泣くから内緒にしとけって言っただろうが。
眉を寄せて隣で素知らぬ顔でこっちを見ている慎太郎を睨めつけるけれど
効果は無くて、寧ろ蛇を思わせるニヤついた笑みを深めるだけだった。
身長差があるだけに、見下されてるようで気分が悪い。ちくしょー、ホントにお前はよぉ・・・。


「ちゃん、いっちゃヤダ・・・!」


密かに慎太郎に腹を立てていると、スカートを握り締めたまま涙ぐんでいた裕次郎が
感極まってしまったのか
その大きな瞳から大粒の涙を零しながら、ギュっと腰に抱き付いて来る。
アタシを呼ぶ声は微かに震えていて、切羽詰ったようなそれに
少しだけ心が波打った。


「おれ、ちゃんとはなれるのヤダよ。」

「・・・うん、そうだね。」


困ったな。
腰に巻きつく腕の力は、子供のクセに相当強い。
振り払えないほどではないけれど、それは正解ではない。
もしそれが正解だとしても、きっとアタシは出来ない。


「おれがキライだから・・・いっちゃうの?」


スカートに裕次郎の涙が、じわりと滲む。
温かなそれが衣越しに肌に触れて、一層アタシの胸を締め付けた。


「キライじゃないよ。キライだから、離れるんじゃないの・・・でも。
 ごめんね、裕次郎。」


この小さい弟分を、嫌いになんてなれる訳が無い。
けれど、離れずにすむ術をアタシは知らないから、親が理由じゃ子供のアタシがどう足掻いたって
決定を覆すことじゃ出来ない、今は少しでも裕次郎が泣きやむように
そっと髪を撫ぜてあげることくらいしか出来ない。


「ごめんね、裕次郎。でも気持ちは嬉しいよ、有り難う。」


茶色いクセ毛を整えるように、そっと指で梳く。
見た目に反して柔らかな、まるで猫のような触り心地の裕次郎の髪の毛。
ふわふわするその中に滑り込ませた指で、掌で暫く撫ぜていると
次第に落ち着いてきたらしい裕次郎が
アタシのお腹辺りに埋めていた顔を、ゆっくりと上げた。

長い睫毛に散らばる、涙の雫。

空いた手で、それを拭って涙の収まった裕次郎に笑ってみせる。


「おい、。お前キモイから笑うな。」

「うっさいわ、お前!折角の雰囲気ブチ壊しじゃねーか!!」


アホ男は家でガリガ●君でも食ってろ!!
作った笑みを一瞬で否定されて思わず噛み付かんばかりの勢いで慎太郎を怒鳴りつけると
「へぇへぇ。じゃあ、ごゆっくり。」とヒラヒラと手を振って家の中へと
ヤツは姿を消した。・・・これでやっと平穏が訪れたぜ・・・!!


「ちゃん・・・?」


慎太郎を視界から消した事で妙な達成感を得てしまったアタシは
裕次郎の存在を忘れ遠い目をしかけたけれど、掛けられた声にふと我に返ると


「あぁ、ごめんね。」


と、小さな裕次郎をもう一度、撫ぜた。
それに伴い、裕次郎も小さく擽ったそうな笑みを漏らす。

嗚呼、やっと笑った。

涙の後が残る、子供特有の柔らかな頬を両手で包んで
彼の目線に合わせるように身を屈ませる。
同じ高さになった目線。真正面から、裕次郎の視線を受け止めると
今でもどうにか涙を堪えているのが分った。


「・・・ちゃんは・・・もどってくる?」

「うん。戻って、来るよ。」


頬を包むアタシの手に、裕次郎の小さな手が添えられる。
暖かな体温が重なって、触れ合って、
裕次郎ともお別れしなければならない事実が突然、哀しくなる。

ツンと鼻の奥に痛みを感じたけれど、目を伏せてそれを遣り過ごす。無かったことにしてしまう。

それは一瞬の事で、そんな素振りなどみせなかった筈なのに


「ちゃんも、おれとはなれるのさびしい?」


感受性豊かな子供のためか、それとも動物的な勘なのか
首を傾げて裕次郎はアタシにそう問うてくる。

うん、寂しいよ。寂しいに・・・決まってる。

まるで子犬みたいにアタシに懐いてきた裕次郎。
可愛い弟みたいなものだった。と、過去形にしてしまうには
あまりにも思い出は鮮やかで、あまりにも切ない。


「寂しい、よ。でもね、でも。」


また、絶対に逢いに来るから。絶対。

添えられた小さな手。それよりも更に細くて小さい、小指に自分の指を絡めて
約束と云うよりは“誓い”に近しい言葉を裕次郎に贈り、自分を励ます。
あまり約束を守るのが得意でないアタシだけど、けれど。
これだけは。この約束だけは絶対に。何があっても守るから。
そんな想いを込めて、愛しい裕次郎と指切りを交わす。それが裕次郎に伝わったかどうかは分からないけれど
それでも裕次郎は頷いてくれた。ささいな事だけれど、今はそれが何より嬉しい。

自然と顔は綻び、浮ぶ笑顔。裕次郎も、小さくはにかんで見せてくれる。

可愛い可愛い裕次郎。たった一人の、小さな弟分。
離れる事が名残惜しくて、柔らかな頬を撫ぜ続けていると、フと何かを思い付いたらしい裕次郎が
目を大きく開き、同時に輝かせた。


「ちゃん。」

「ぅん?どうした?」

「ぜったい、ぜったいにおれに会いにきてね。」

「逢いに来るよ。待ってて、ね?」

「うん、やくそく…。」


そう言った後。裕次郎は、そっとその愛くるしい顔をアタシに近付け

ちゅ

と頬ではなくて唇に。何とも愛らしいキスを落とした。
………………おませさん。
ラブリー裕次郎には決して兄、慎太郎の様に育って欲しくないと願っていたけれど、
どうやらやはり兄弟に流れる血の濃さは同じらしく。
いきなり約束の証としてキスしてくる所など、裕次郎の将来が少しだけ垣間見えた気がして
ちょっとだけ頭痛がした。


「裕次郎、裕次郎。頼むから、次ぎに逢う時まで今見たく可愛いままで居てね?
 間違っても慎太郎みたくなってないでね?ね!?
 おねーちゃんと約束出来る??」


嗚呼、離れがたし琉球の此の地。
どうか海神よ、シーサーよ。
愛らしき裕次郎を守り給へ、そして悪童・慎太郎を罰せ給え。

そんな思いを胸に、アタシは裕次郎(と慎太郎)の居る沖縄を離れた。
さよなら、可愛い子。
また逢う日まで、どうか元気で。
























本当は三月に上げる予定だったんですよ。
ちなみに慎太郎は裕次郎のお兄ちゃんです。捏造。

06/0919


 
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送