左の耳の、小さな空洞。
あるべき筈の物が通されていないそこは、酷くスカスカに感じられて
ほんの少し、あるか無いか分からない位の重さが無い事が、酷く寂しい。








片耳ピアス








先日まで付き合ってた人は、一回り年上だった。
お金持ちな彼から初めて贈られたのは、小さなピアス。
とてもシンプルな作りだったけれど、一目で高価と分かるそれ。
付いている石は間違い無く本物だし、軸はどうみてもプラチナで

「こんな高価な物、貰えない!」

と訴えたけれど(だってお金目的で付き合ってたんじゃない)、彼は笑って

「これは俺の一番好きな石だから、にも付けていて欲しいんだ。」

そう言いながら、アタシの耳にピアスを付けてくれた。





それも今では遠い昔の話だけれど。





ぼんやりと、何をするでも無く、誰と話すでも無く席に座っていた。
始業前でざわつく教室。
ぼんやりと、何をするでも無く、誰と話すでも無くその日常を噛み締めていると
朝練を終えたらしい隣人が「はよー。」の言葉と共にやって来たので
もいつも通り挨拶を返す。
ドサリと乱暴な音を立てて床に下ろされるテニスバッグ。
横目でそれを見ていると当の本人と目が合い、「なーに、見てんだよ。」と
意地の悪そうな笑みを向けられる。


「や、今日は忘れ物してないだろうなー、と思って。」


特に表情を変えず淡々とした口調で返すと、
置き勉している筈なのに忘れ物常習犯な甲斐の笑みが一瞬凍る。
そんな遣り取りをしていると、不意に何かに気付いたようで
引き寄せられるかのようにの方へ身を乗り出す甲斐。
訝しげに、何事かとその一連の動作を見ていると
甲斐はレザーミサンガの着いた腕を持ち上げ、


「あ、やっぱり無い。どうした?」

「何が?」

「ピアス。こないだから付けてないよな、アレ。」


言いながら指先でのサイドの髪を掬い上げる。
露になったそこにあるのは、小さな窪みを残した耳たぶ。
甲斐は、髪を持ち上げていた指を伸ばし、そっと柔らかなそれに触れると


「似合ってたのに。もうしねぇの?」


首を傾け、にそう問うた。
遅い瞬きを繰り返し、一呼吸置いてはその問いに答えを返す。


「うん、もうしない。」

「勿体無い。どうして?」

「彼氏と別れたから。」


実にきっぱりと返された答えに、甲斐は驚いたように目を見開く。
そんな彼の様子に、は小さく笑みを溢し言葉を続ける。


「アレ、初めて貰ったプレゼントでね。対を二人で分けて付けてたの。
 でも別れたから、それもお終いにして返しちゃった。」


だからもう付けられないんだ。
言って笑う彼女は少し寂しげだけれど、悲しそうには見えない。
その恋人との決別は、きっと修羅場などではなく、きちんとしたものだったのだろう。


「そう、なんだ。」

「そうなんです。」

「つか、に彼氏が居たなんて知らなかった。」

「にしか教えてなかったからね。大分、年上の人だったし。
 変な噂がたつのが嫌だったから。」

「ふーん…優しかった?」

「優しかったよ。凄く良くして貰った。」


静かに伏せられる、の瞳。
そう遠くない過去を思い返すようなその仕草は、同い年とは思えないほど大人びていて
綺麗だと思う反面、それが妙に癪に障って甲斐は片目を細める。


「そう言えば、あのピアスの石。甲斐の髪と同じ色だった。」


知ってる。自分の髪と同じ色のピアスだったから、がそれを付けてるのが嬉しかった。
まさか、それが彼氏からの贈り物だとは知らなかったから、
その事実を純粋に喜んで、似合う、なんて言ってしまったけれど
今更ながらに、それを撤回した気持ちだった。


「オレンジサファイア…夕陽の色、だったかな。」


天パ故、自由奔放に跳ねる甲斐の毛先を摘む指先。
数日前まで塗られていたパールのマニキュアが、今日は無く、今まで気付かなかった
彼女の小さな背伸びに少しだけ胸が痛んだ。


「綺麗な色だよね。甲斐の場合、痛んでるけど。」

「毎日外で練習してれば痛むっつーの!…それより。」

「ん?」


髪を弄っているの手をやんわりと外し、その下に隠れていた自身の耳へ手を伸ばす。
普段は見えないけれど、そこにはシルバーのピアスがガラ悪く並んで付いていて
その中の一つを外すと鞄から消毒液を取り出して、吹き掛ける。


「これ、やるよ。」


ティッシュで汚れを拭き取られ、差し出されたシルバーのピアス。


「耳、何も入ってないと寂しいだろ?」


窓から差し込む光を受けて、鈍く光るそれ。


「俺のお気に入り。つけてよ。」


有無を言わさず、手首を掴まれ握り込まされた小さな塊。
口角を上げ、を見る甲斐の表情は
いつもと変わりない筈なのに、いつもより真剣で、違いなど少ししかないのに
まるで別人のように感じて、狼狽える。


「そんで、元彼の事は忘れて、俺のこと好きになって。」











甲斐くんは片思いが似合う子だと思う。

05/1010


 
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