「あ、しまった。」


帰る支度をしている途中、木手ちゃんにノートを返すのをすっかり忘れていたことを思い出す。
出来れば寄り道などせずにまっすぐ家に帰りたかったのだけれど
思い出した今、返しに行かないと絶対にまた忘れてしまう。どうせ明日などミジンコほども
覚えていないだろう。確立として言えば、戸愚呂120パーセントくらい。

伝わり難いネタでごめんなさい。







ブロッサム ワルツ







懸命に練習に励む部員を横目に、コートを通り過ぎる。その奥にあるテニス部の部室へと歩む途中
彼等の姿を探すけれど見つけられず、比較的コートのフェンス近くにいた新垣くんに声を掛ける。


「こんちわ、頑張ってるね。」

「あ、先輩。今日和。」

「ねぇ、新垣くんさ。木手ちゃんとか何処に居るか知ってる?」


姿が見えないんだけど、もしかしたら外周とかに行ってるのかな?
フェンスに指を絡めながら問うと、新垣くんは少し困ったような、呆れたような顔をして
「主将たちなら部室に居ますよ。」と笑顔で答えてくれた。


「やっぱり部室なんだ。じゃあ、そっちに行ってみるわ。
 ちょっとお邪魔するねー。」

「どうぞ。でも、散らかさないで下さいね。」

「な!分ってるよ!!」


手を振るアタシに新垣君の一言。前科があるだけに、苦し紛れの返事しか返せなくて
引き攣った顔でその場を後にする。
後輩の軽い嫌味を流すことも出来ない自分が軽く憎い・・・!!
でも、新垣くんてたまに怖いんだよ。
伊達に木手ちゃんの下についてるわけじゃないんだよね。あれはもう次期木手ちゃんだよ、きっと。

自分の情けなさと、新垣くんの未来に思いを馳せ
遠い目をしているうちに辿り着いたテニス部の部室。

耳を澄ませるとなにやら中から話し声が聞こえてくる。
ミーティングでもしてるのかと、そんな考えが一瞬脳裏を過ぎるけれど
あいつ等がまともに話し合うなんてする筈ないことをすぐさま思い出してドアノブに手を掛ける。
そして、空いている方の手でドアをノックして


「お邪魔しまーす、みんな居る?・・・って何してんのさ。」


開け放った扉から、ひょこりと顔を覗かせると
何度も遊びに来ているため見慣れた室内に、いつものメンバーが中央に置かれた机を囲んで座っているのだけれど
彼等の手元を見て、アタシは目を丸くする。


「おーう、!」

「ナイスタイミング!ちょっとこっち来いよ!!」


アタシの存在に気が付くと動かしていた手を止めて笑顔で手招きする、凛と甲斐。
二人に誘われるまま(どうせ用もあるし)訝しげな表情で中に入る。
そして勧められるがままに椅子に腰を下ろすと、「どうぞ。」と木手ちゃんからヤクルトを振舞われた。

しかも、三本も。

え、あの、気持ちは有難いけど、何でヤクルト?そして何故に、三本も?
これってアレだよね。ビフィズス菌だか大腸菌だか乳酸菌だかが入ってて胃腸には優しい飲み物だよね?
でもさすがに三本も飲んだら、お腹壊すんじゃないの?

目の前に律儀に並んで鎮座する三本のヤクルトと、木手ちゃんの顔を見比べていると
向かい側に座っていた知念が長い腕を伸ばし、その内の一本を手に取る。
そして無言のまま、飲み口に張り付いたアルミを器用にはがし取ると


「はい、。」

「あ、ありがとう・・・。」


トンと、元の位置に戻した。・・・優しいね、知念。でも何かさ、ホストみたいだ。・・・ヤクルトだけど。

知念に空けて貰ったヤクルトに口を付け、中に入った少ない飲料をぐっと飲み干す。
すると、今度は木手ちゃんが手を伸ばしまたもや丁寧にアルミ蓋を開けてくれた。
それを見た凛甲斐コンビが「ずりい!」と声を上げている。

何だよ。あんた達、人のヤクルトの蓋開けんのが趣味なのか?
だったらテニス部を止めて「ヤクルトの蓋開け部」でも作れば良いじゃない。


「ところでさん。何か用でした?」

「あ、そうだ!木手ちゃんに借りてたノートを返そうと思って。
 ありがとね。助かったよ!」


手にしていたヤクルトを机に置いて、鞄からノートを取り出す。


「あ!何だよ永四郎!!俺がノート貸してくれって言っても貸さねえくせに
 には貸すのかよ!ひでえ!差別だ!!」

「馬鹿を仰い。さんは風邪で休んでいたでしょう。その時の分を貸したまでです。
 平古場くんは授業中、寝てるんですから貸すに値しません。
 自分の尻拭いくらい自分でして下さいよ。」


講義の声を上げる凛に、木手ちゃんの容赦ない一言。吐き捨てるようなそれに、さすがの凛も反論出来ず
小さく舌を打って、唇を尖らせた。
口の達者な凛も木手ちゃんには敵わないよね。頑張れ、凛。ファイトだ、凛。
アタシは助けないけど。


「ねぇ、それよりさっきから何してるの?」

「何って・・・折り紙。」

「うん、見れば分かる。だから、何で折り紙なんかしてるのかを聞いてるの。」


アタシの質問に見たままの状況説明で返事をしてきた甲斐に裏手で突っ込みをいれつつ
再度質問する。

今は部活の時間だよね?何であんたらユニフォーム着て、部室で折り紙なんてやってるの?
部長に先輩、それで良いんですかー!?


「なぁ、。今日って何日?」

「三月二日でしょ?」

「じゃあ、明日は?」

「三月三日。」


「桃の節句ですよね。」


木手ちゃんに言われて、ああ!と思いだす。そう言えばそうだね、ひな祭りだね。


「つーわけで、じゃーん!見て見て!おひなさまー!!」

「え!?」


わんこ甲斐の掌に乗せられたモノを差し出されて、思わず身を引く。
“おひなさま”と甲斐に称されたそれはヤクルトの空ボトルに折り紙が貼られたもので
何て言うんだろうね・・・うん、一生懸命作ったのは窺えるけど。


「お、お雛様?」


と思わず問い返したくなるものだった。


「あ!何だよその顔!!すげー良い出来じゃね?」

「あー、うん、そうですねー。」

「ぎゃははは!ほれ、みろ!!だから不細工だっつったべ!!
 それより、!俺の見てみ。可愛いだろ??」


言って凛も自分で作ったであろう物体をアタシに見せてくる。
うん。はっきり言って甲斐のとあまり代わり映えしないよ。


「えーっと・・・芸術的だね?」

「ば!良く見ろよ!!可愛いじゃねえか!!」

「・・・心の眼で見ればどうにか。」


コメントもし辛いそれを引き攣った笑顔で誤魔化すけれど、どうやら誤魔化しきれなかったようで
凛と甲斐は並んで膝を抱えぶつぶつと文句を垂れ始める。
そ、そんなにヘコまないでよ!
二人を慰めるか否かでオロオロしていると、不意に肩に手を置かれ振り向く。
するとそこにはまたもや掌にヤクルト人形を乗せた、今度は木手ちゃんがアタシに笑みを向けていた。


「こ、これは木手ちゃんが作ったの?」

「そうです。なかなかの出来でしょう?」


確かに、凛甲斐コンビよりは遙かに綺麗な折り紙人形。
綺麗に折られているし、糊漏れもないしパーフェクトに近い出来だと思うけど・・・


「こ、この顔も木手ちゃんが描いたの・・・かな?」

「えぇ。」


顔の部分に描かれた表情が、なんともいえない。
上手いって言ったら上手いんだろうけど・・・なんでこんな浮世絵タッチなんだろう。
納豆のおかめちゃんとかを遙かに通り越して、古風な顔立ちなんですけど。
ちょっと、て言うか結構怖いよ。何だかリアルだよ。
それ以外のパーツは本当に完璧なだけに、表情とのバランスが取れてなくて、怖い。
雛壇にこれが飾られてたら、子供は泣くんじゃないだろうか。


「じ、上手、だね。」


そして引き攣るアタシの笑顔。途中、ちらりと見遣ったお雛様と眼があった気がして
思わず肩がビクリと揺れた。

こ、怖い・・・!!


「・・・。」


木手ちゃん作の雛人形に怯えていると、今度は知念から声を掛けられる。
ちょっと半泣きで振り向いて開かれた掌を見ると


「・・・何?これは・・・。」

「・・・かえる。」


ピンク色した折り紙蛙がその大きな掌に、そっと鎮座していた。


「・・・お雛様じゃないんだ?」

「ん・・・失敗したから。」


それに俺、折り紙はこれしか折れない。
そう言って少ししょぼんとした表情を浮かべる知念。
いや、折り紙で蛙が折れるなら十分じゃないのかな。アタシなんて鶴も折れないよ。
でも、失敗したからって蛙を折ることはないんじゃ・・・。


「うん、可愛いよ、ピンクの蛙・・・。」

「・・・やる。」

「あ、ありがとう。」


ねえ神様。お雛様。どうして比嘉のテニス部の連中は、揃って突っ込み辛いやつらばかりなんでしょうか。
アタシに対する試練ですか。そうですか。
でも、こんな試練勘弁こうむりまする。タスケテー。


「つーかさぁ、何で突然こんなことしてる訳?」


知念に貰ったピンクの蛙を手に、本日二度目の遠い眼をしたまま問いかける。
桃の節句、所謂ひな祭りは確かにお祭りだけど
あんた達が騒ぐような行事じゃなかった筈だけど?


「別にー。ただ、そういや明日はひな祭りだったなーと思って。」

「そんで、折角だし俺らと一番仲の良いお前のために
 雛人形作ろうぜーって話になった。」


え!何でアタシ!?


「さんんは、普段平古場くんや甲斐くんがお世話になってますし。
 まぁ、ただ単に気分転換したかったって言うのもあるんですけどね。」

「楽しかった。」


青い折り紙を折りながら(きっとお内裏様でも作る気だ)木手ちゃんが笑う。


「つー訳で、。明日、雛あられ買って来いよー。」

「は!?なんでアタシが!?」

「だって俺食いたいもん。」


馬鹿ですかー!甲斐が食べたいからって何でアタシがパシられなきゃなんないのさ!


「食べたいもん、じゃねーよ!ブリっ子すんな!!
 喰いたきゃ自分で買って来い!!」

「あ!ンだよ!お前のために人形作ったんだから
 裕次郎大好き、ありがとう★って気持ちを込めて買って来いよ!!」

「アホか!何が、裕次郎大好き★だ!!
 馬鹿も休み休み言えっつーの!!!」


そして始まる取っ組み合いの喧嘩。容赦なく繰り広げられる展開にみんなは慣れたもので
特に気にするでもなく折り紙と人形作りを再開している。

慣れた空気。慣れた雰囲気。

その中に含まれた、慣れない少しの優しさと気遣い。

甲斐の首を絞めながら、その優しさに少しだけ感謝して
やっぱり明日は雛あられを買って来ようと、そう思った。

突っ込み辛いヤツ等だけど、そんな彼等に少しだけ大事に、少しだけ特別に扱われるのは

やっぱり嬉しい。

柄にもなくそう思って、アタシは一人胸中で照れていた。



 









グダグダと日常を。比嘉っ子は基本的にみんな不器用だと良いなぁ。

06/0303



 
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